副住職日記

2013-01-27 22:47:00

2歳の誕生日

 今日は娘の誕生日。足の疲れもなく、体調万全です。

子供たちも、正月明けに順番に水疱瘡に掛ったのですが、
誕生日には何とか間に合って治りました
誰でも通る道。一度に全員終わったので、また、思った以上に
酷くならなかったので、ホッとしています

1年たつのは早いですね。
だいぶ、言葉もわかるようになってきて、
会話が通じるようになりました

大好きな「アンパンマン」ケーキでお祝い。


先日、自分の誕生日で‘予行練習‘したので、
本番のローソク消しは上手でしたよ。

2013-01-27 00:27:00

半島1周行脚 ~最終日~

 大寒の20日から始まった行脚も、今日で最終日。
最終日にして、一番大寒らしく、冷たい風の吹く中での行脚となりました。

島原・護国寺様を出発して、有明町~国見・長国寺様 約15㌔

出発前の元気な姿(^O^)
途中、昨日同様に島原大変殉難者慰霊碑のある場所での
御回向を行いながら、行脚しました。


国見にある慰霊塔の前で一読。よく見ると、布津にある慰霊碑と
同じ字体、文字数、横書きも一緒。
説明板には、当時の藩が半島に同じ慰霊碑を7つ製作したとあります。

今後調べて、是非御回向を行いたいと思います。

午後5時ごろ、出発地点の長国寺様に到着。
多くの檀信徒のお迎えを頂き、無事に円成させていただいたことを
御宝前にご奉告いたしました。


2日間は歩きませんでしたが、半島1周の寒行を終え、
達成感と共に、今後も慰霊行脚を続けて行こうと思います

ブログやFB、また通りすがりに応援していただきました皆様
厚く御礼申し上げますm(__)m

帰宅した後、親族の還暦祝いに出席。ビールの味は格別でした
2013-01-26 01:04:00

半島一周行脚 ~5日目~

 昨日は法務のため、参加できませんでした(>_<)

今日は地元を行脚。有家町堂崎~布津~深江~島原・護国寺まで、約16㌔。
この地域の国道は、アップダウンがあり、距離以上に長く感じます

途中、国道からはずれ、旧道沿いを行脚
昨年も行いましたが、この地域は約200年前の寛政4年(1792)に
島原大変という、噴火、地震、津波災害が起きていて、多くの犠牲者(1万5千人)が出ています。
そのため、あちこちに慰霊碑が建立されています。

今回の行脚は、慰霊行脚という意味もあるので、
慰霊碑のある場所での読経はもちろん、できるだけ海岸線を唱題行脚しています。

布津町にも藩が建立した慰霊碑があります。



こちらは、お題目の宝塔。この宝塔を建立する際には、自我偈3万巻読誦、また宝塔の下には
お経一字ずつ記した石が納められています。
昔の方の想いはすごい




平成の普賢岳災害により、土石流被害に遭った地域を行脚しながら護国寺へ。
この辺りも、200年前の災害前は海に近いところだったそうです。


長い歴史の上に私たちは生かされています。
今生活している場所も、過去にはいろんな出来事が起きています。
今こうしてあるのは、その繋がりによるもの。
明日は、いよいよ最終日。
一歩一歩噛みしめて、歩いてゆこう
2013-01-23 23:54:00

行脚 ~4日目~

 昨日は私事ながら、参加できず
改めての出発となりました。

ニュースでは、アルジェリアでの事件で悲しいニュースが流れています
ご冥福をお祈り致します。

今日の行程は雲仙市南串山~加津佐~南島原市口之津町までの16キロ
4名での行脚です。

海岸線沿いの国道を行脚しましたが、所々でお題目の塔を見かけました。
はっきりと確認はしませんでしたが、200年前の島原大変の殉難者の慰霊碑と思われます。

坂もなく割と平坦な道のりだったので、思ったより早く到着しました

道中、私たちに合掌される方、わざわざ追いかけてきて浄財を渡される方、
クラクションで励ましてくだされる方、いろんな方と出会い、縁を結びました

1人でも多くの方にこのお題目の声が、太鼓の音が響き
社会が安穏ならんことを祈っています。
一人一人が菩薩として目覚めるように・・・・・・
2013-01-22 23:22:00

初参り

 行脚3日目ですが、今日は甥っ子の初参り(宮参り)があるので、
不参加です。

産まれて30日前後にお宮参りをして氏神様にご報告しますが、
お寺でも、初参りということで、仏様、ご先祖様にご報告いたします。

弟夫婦と義妹の両親、そして12月に生まれた甥っ子が来寺。
私と弟でお勤め、そして甥っ子の健やかな成長と、合わせて御守護を
頂くように御祈願しました。

木鉦と木剣の音は、大人でもかなり大きく感じますが、
お勤め中、ずっと寝てました
子守唄に聞こえたかな?


これからの成長が楽しみです