副住職日記

2016-04-19 19:38:00

救援物資をもって・・・

急ですが、義弟の住む熊本へ救援物資を持っていきました。
朝8時のフェリーにのり(意外と空いていました)、熊本市内へ。
普段なら1時間かからない道のりですが、さすがに渋滞にはまり、
約2時間かかりました。

幸い住んでいるアパートは被害もなく、電気も来ていましたが
断水が続いており、また食料も手に入らないということで
長期保存できる食品と水を持参。
この地域は瓦が落ちている家はあるものの、倒壊もなく避難されている方が
少ないようです。ですが、水に困られており、用意してきた物資を皆さんで
分けていただけるように降ろしてきました。
感じたのは、同じアパートでも、苗字やどんな仕事をされているかお互いに知らないこと。
4月ということもあり、出入りがあったのかもしれませんが、
こういう時に普段の地域コミュニティーの大切さを感じます。

避難所へ物資の滞りが指摘されていますが、あれだけ報道されているので
他の方にお願いし、指定されていない避難所へ集まっている方、
もしくは避難されていないけど、物資等に困っている所にも必要なわけで、
行政では把握が難しいと思われますので、個々の繋がりを駆使して、情報の共有や
マンパワーがいかに大事かと感じさせられました。

もう一軒、義弟の近くに住む同級生のお寺にも立ち寄り、物資を届けてきました。
こちらも建物自体に被害はなかったのですが、境内の墓石や石灯籠は倒れ、周辺の道路には至る所に隆起が見られました。
話を聞くと、檀家さんは無事だが、高齢者だけで住んでらっしゃるところが多く、
避難していないので、水が行き届いていない。農家が多いので食料は持ち寄ってしのいでいるが
いつまでもつか・・・ということでした。

熊本県内の寺院に聞いたところ、お寺の片づけは断水の影響もあって手が付けられない。
そこで現在は、届いた救援物資を避難所や、地域の高齢者宅、檀家さん宅に連絡して
行き届いていないところに配っているそうです。

普段から地域の状況を知っているからこそできる支援体制だと思います。
私たちもその後方支援としてお手伝いできればと感じています。
2016-04-16 21:58:00

こちらは無事です

16日未明にも大きな揺れが来ました。
2階に寝ているとき、再び緊急地震速報が・・・
家族飛び起き、大きな揺れを感じましたが、
幸い被害はありませんでした。
テレビをつけると、M7.1の地震。こちらでも震度5強でした。

時間が経つにつれ、被害の甚大さがわかってきています
被災地にとっては、不安な毎日、眠れない日々だと思われます。

熊本の親族・友人とも連絡は取れました。
無事のようですが、途方に暮れていました。
なにかお手伝いできればと思い、取り急ぎ水と食料品を
送る準備をしています。

あさから心温まる電話がありました。
皆さんからの安否を気遣った連絡を頂いたのはもちろんですが、
本堂建設に携わった建設会社からの連絡でした。
平成元年に建立し、すでに25年以上が経過して、震源地域ではないにもかかわらず
私たち、そして建物の状態を気遣ってくださった(株)松井建設様

こういうアフターフォローが大事だなと感じています。
2016-04-15 13:49:53

大きな揺れ

昨夜の9時半前、スマホのアラームが鳴ると同時に激しい揺れが・・・
あとで確認すると、熊本地方で震度7

ちょうど子どもの空手稽古の迎えに行っている時でした。
建物自体は頑丈だったので心配なかったのですが、海の側だったので、
津波が怖くなり、確認もしないまま、足早に自宅に連れて帰りました。

自宅についても、数分おきの余震。ラインやメールで安否確認の
連絡を頂きながら、その間にはアラームが鳴るといった具合に
落ち着かない、不安な夜でした。
下の2人は地震も知らないほど爆睡でしたが、空手に行っていた
長男はなかなか寝付けず・・・・・
誰でも今日は寝不足でしょうね…・

それにしても、被災地域の状況が気になります。
こちらでも強い揺れを感じるほどでしたので 熊本地方の被害は想像を絶するものであると
考えると、大変心が痛みます。
熊本には親戚や義弟も住んでいて、幸い無事は確認できました。
何かお手伝いはできないかと考えていましたが、
肝心のフェリーも運休。高速も使えないので、今日は様子を見ます。

時間が経つにつれ、被害の大きさが明らかになり、
死傷者も増えています。
犠牲になられた方のご冥福をお祈りし、震災に遭われた方の御心配をお察し申し上げ
元の安心して暮らせる日々に1日でもはやく戻りますように・・・

※当山境内の墓地倒壊、本堂・位牌堂の被害はありませんでした。なお、永代供養塔に納めてある御遺骨(壺)にも
破損や倒れたりはありませんでした。
 
2016-04-02 16:35:00

歴史に学ぶ

島原でも桜が満開になり、近くの公園でも多くの花見客がいました。


さて4月1日は「島原大変」が起こった日。
寛政4年(1792年)、噴火に伴う地震によって、眉山が崩壊し、その土砂が有明海に流れ込み
その結果、津波が発生し、島原・熊本あわせて1万5千人もの方が亡くなったという災害が起こった日です。

(奥が普賢岳 現在は平成新山  手前の山が眉山。崩壊によって当時より150m低くなったそうです)
当時の犠牲者をしのび、各地に藩が建立した慰霊碑が残っています。

1月の大寒頃、寒行のなかで、半島の慰霊碑を行脚供養して回っていますが、
何事も時が経つにつれ、忘れてしまいがちです。

先人たちが後世を想い、残してくださったもの。
伝統・文化・歴史。それぞれ、正しく引き継いで
受け継がなければなりません。

毎年忘れずに咲く桜のように・・・

 
2016-03-06 20:49:00

徳性寺様祈祷会へ参加

毎年3月に開催される徳性寺様の祈祷会へお手伝い。
予報は雨だったのですが、
御住職や参列した修行僧の功徳で
3月とは思えない日和となりました。

水行式の後、祈祷会。
2月10日に荒行を成満した5名の僧侶の
野太い読経やリズム、迫力ある御祈祷に
参列者も感激されていました。

最後に、それぞれの自己紹介があったのですが、
共通して感じたことは、
感謝を感じていること。
修行はもちろん、普段の生活も一人では難しい・・
できているようで、実は多くの方の支えがあって
今があるということを実感していることでした。

その時は覚えていても、時間が経つにつれ
忘れることが多いのが現実です。
 
人から言われるのではなく
自ら体験し気付いた時に、感謝の気持ちが自然と湧きます。
その気持ちを大事にしたいですね。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ...