副住職日記
甘茶の花
早くも甘茶の花が咲き出しました。
花が咲き終わって出てくる新芽を収穫して
乾燥・もみ・発酵・乾燥を繰り返します。
来年の4月8日に使うまでには、中々の作業です。
1年ぶりの引っ越し
グッピーを飼育し初めて9年。
気温や水温が上がってきたGW頃に掃除&引っ越しを行っています。
ちょこちょこ清掃はしますが、1年立つと水草も生長し中々見栄えも悪くなってきます。
水槽も重量があって、簡単に掃除とは生きません。
本来はもっと時間を掛けた方が良いのでしょうが、
半日での引っ越し作業です。
今年は水草の品種を変え、数も減らしました。
新しい住処になれてくれるかな?
いつもより早めの定植
自家栽培のアマチャ
4月8日はお釈迦様の誕生日。
故事に習い、誕生仏に甘茶をかけて御祝します。
今年も、信行会と一緒に降誕会を行いました。
使用したアマチャは、住職が自家栽培した甘茶の葉を
乾燥させたものです。
甘味料は一切使用していません。
朝早くから沸かして準備しましたが、
独特の香りが充満していました。
今年も甘さも出て、美味しく出来ていました。
供養塔の存在
寛政4年(1792)4月1日、島原の眉山が崩壊し、その土砂が有明海へ
流れ込む事によって発生した津波で対岸の熊本・天草や島原半島で約15000人もの
犠牲者が出た災害があります。
「島原大変 肥後迷惑」という言葉が残っています。
当時の藩主が供養のため、命じて立てた供養塔が半島に8基あるようです。
以前、半島有志の若手僧侶と集まり行脚して供養していましたが、
最近ではそれぞれ近くの地域の供養塔で行うようになりました。
布津にもその供養塔があります。
普段通っていると目立ちませんが、近くに行くと中々大きさで、立派な供養塔です。
今日、午前中にお勤めに行きました。
その場所からは有明海、津波の起源となった眉山や普賢岳が見渡せます。
資料によると、この地域では56mまで遡上したそうです。
二百数十年前のことですが、この供養塔の存在が今生きる私たちに
災害のことを伝えています。
もちろん、これまで守ってこられた近隣の方の行いもあってのことです。
災害は忘れた頃にやってくる
肝に銘じたいものです。